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昔、私は障害者が嫌いだった

どうも、まりちゃんねるです。


私は発達障害です。
診断書類はありませんですが、自閉症スペクトラムです。

私が子供のころは、
発達障害」という言葉自体、あまり知られてませんでした。

10年位前から、発達障害が注目されるようになり、
子供の頃に、療育を受けたり、通級に通ったりすることができるようになりました。

自閉症スペクトラムの特性を理解してもらえず、
私は、学校でいじめられました。
親からも教師からも理解はなく、
辛かったですね。

結局、自閉症スペクトラムであることを、医師から告げられたのは、
19歳の時です。
しかし、その時二次障害を発症してしまい、
精神疾患の治療が優先され、
発達障害への対策は後回しになりました。

障害者なんて、大嫌いだった

いつからだったでしょうか?
障害者がヒーロー扱いされるようになったのは。


「ハンディキャップを背負いながら、チャレンジする人」
「障害や病気に負けず、頑張っている人」

私が生まれる前の時代は、
障害者を表にだしてはいけない、という風潮がありましたが、

私が小学生くらいから、
障害者をヒーロー化、特別視するようになりましたね。

私は生まれつき障害をもっていたものの、
診断されてないので、手帳は持っておらず、
自分も周りの人間もまりちゃんねる健常者だと思ってました。


テレビに身体障害者が出るたびに、
嫌な気持ちになりました。

「なんで、障害を持っているだけで、注目されるの?」
「障害を持っている人も、持っていない人も、頑張ってるのに」

私は、子どもの頃、褒められたことがほとんどありません。
自己肯定感はかなり低いです。

発達障害の特性で、
苦手なことやできないことがあると、
「まじめにやれ」
「手抜きしてるんでしょ」
「本当に練習したの?」
と、心のないことばをかけられました。

私だって頑張ってる!
身体障害者ばかり、評価されるのはおかしい!

私が、中学三年生の時、
日本で一番有名な障害者、
乙武洋匡さんの「五体不満足」がベストセラーになりました。

高校受験の前に、
乙武さんが出演するテレビ番組をみて、

「この人、手足がないから、注目されているだけじゃん!」
と思いました。


身体障害者だけでなく、知的障害者も嫌いでした。
何故なら、
できなくても、わからなくても、失敗しても、
たいがい、おおめに見てもらえるからです。

私が失敗すると、
「馬鹿!」
と容赦なく罵られるのに、
知的障害者だけ、特別扱いなんておかしい、と思ってました。

障害者に対する、見方が変わった

自分が精神疾患を発症して、
障害者手帳を持ってから、
障害者に対する、見方が変わりました。


きっかけは、両腕がない若い男性のネットのインタビューでした。
彼は、子どもの頃、両腕がないので、足で絵を描いたそうです。
ところが、教師が、
彼の描いた絵のクオリティではなく、
彼が足で絵を描いたことを褒めたのです。

その男性は、両腕がないことばかり注目されることが苦痛だったそうです。

大人になった男性は、
在宅でパソコンを使ってフリーランスの仕事をしているそうです。

パソコンでの仕事なら、
手足がないことばかり、注目されないですよね。


障害者本人も、
障害ばかり注目されることに悩んでいたのです。

あの目立ちたがり屋の乙武さんでさえ、
テレビで、障害の部分だけ注目されるのが嫌で、
福祉の仕事ではなく、
スポーツライターや教師の仕事を選んだそうです。


障害者が、みんな目立ちたがり屋ではありませんし、
注目されたい、カリスマになりたいと思っているわけではありません。

特別なことをしなくても、
じろじろ見られるのは、
苦痛ですよね。

普通に生きたいだけなのに、
「障害者なんだから、何かに挑戦して、
健常者を感動させないといけない」
と言われるのは、嫌ですよね。


障害者は、健常者に勇気や感動を与える義務はありません


一体、いつから、
障害者は、健常者に勇気や感動を与える存在になったのでしょうか?

どうして、障害者は、障害ばかり注目され、ほかの部分を見てもらえないのでしょう?

障害者は、健常者の、
「勇気や感動を与えてほしい」というニーズに、答えなくてもいいのです。

メディアには、出たい人だけが出ればいいのです。

障害者は、
健常者に勇気や感動を与えるためではなく、
自分の幸せのために生きればいいのです。

わざわざ、障害者が社会に権利を訴えなくても、
幸せに暮らしている社会は、まだまだですね。